大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和63年(ネ)6号 判決

控訴人(原告)

池内正行

一審被告

黒田政行

被控訴人

日新火災海上保険株式会社

主文

一  一審被告黒田政行の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1  一審被告黒田政行は一審原告に対し、一一六一万六二一一円及びこれに対する昭和六〇年四月二五日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  一審原告の一審被告黒田政行に対するその余の請求を棄却する。

二  一審原告の控訴を棄却する。

三  一審原告と一審被告黒田政行との間に生じた訴訟費用は、一、二審ともこれを四分し、その一を一審被告黒田政行の、その三を一審原告の各負担とし、一審原告と被控訴人日新火災海上保険株式会社との間に生じた訴訟費用は、一、二審とも一審原告の負担とする。

四  この判決は主文一項1につき、仮に執行することができる。

事実

一  当時者の求めた裁判

1  一審原告

(控訴の趣旨)

(一) 原判決を次のとおり変更する。

(二) 一審被告黒田政行(以下「黒田」という。)は一審原告に対し、五五〇〇万円を支払え。

(三)(1) 一審被告黒田、被控訴人日新火災海上保険株式会社(以下「日新保険」という。)は連帯(不真正)して一審原告に対し、五〇〇〇万円に対する昭和五六年六月一六日から昭和六〇年一月二二日まで、二六六二万九六七八円に対する同年一月二三日から同年二月一八日まで、各年五分の割合による金員を支払え。

(2) 一審被告黒田は一審原告に対し、六六一九万七八二二円に対する昭和六〇年二月一九日から昭和六三年一一月一日まで、五六八八万九六五二円に対する昭和六三年一一月二日から支払済に至るまで、各年五分の割合による金員を支払え。

(四) 訴訟費用は一、二審とも一審被告黒田及び被控訴人日新保険の負担とする。

(五) 仮執行の宣言

(一審被告黒田の控訴に対する答弁趣旨)

控訴人黒田の本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人黒田の負担とする。

2  一審被告黒田

(控訴の趣旨)

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は一、二審とも一審原告の負担とする。

(一審原告の控訴に対する答弁趣旨)

控訴人池内正行(以下「池内」という。)の本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人池内の負担とする。

3  被控訴人日新保険

控訴人池内の本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人池内の負担とする。

二  一審原告の請求原因

(一審被告黒田に対する損害元本額の請求原因)

1  一審被告黒田は昭和五六年六月一六日午後五時三〇分ころ香川県木田郡三木町大字池戸一三八五番地先県道において普通乗用車を運転進行中原動機付自転車に乗車し運転進行中の一審原告に追突し、一審原告に傷害を負わせた(以下「本件事故」という。)。

2  一審被告黒田は加害車を自己のため運行の用に供していたので、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき本件事故により一審原告の被つた損害を賠償する義務を負う。

3  損害

(一)(1) 一審原告は本件事故により外傷性脳内血腫、脳挫傷の傷害を受け、高松市の屋島総合病院に入院し治療を受けたが昭和五八年九月七日症状固定となり、後遺症として、左半身不随となり歩行不能で車椅子を使用し、その他生活全般につき介護を要し、障害等級表一級の障害がある。

(2) 損害の内訳は別紙損害一覧表記載のとおりであり、その損害総額は一億三七三九万七八二二円、残金は七一一九万七八二二円である。その内、争いのある部分についての主張は、次のとおりである。

(二) 入院中の損害について

(1) 入院雑費 八一万五〇〇〇円を要した。

(2) 休業損害 一審原告は本件事故当日から前記症状固定の日まで八一五日間入院治療を受け、その間働くことが出来ず、月額三二万七一〇〇円として、八八八万六二一六円(327,100÷30×815=8,886,216)の損害を被つた。

(3) 入院慰謝料 四〇〇万円が相当である。

(三) 後遺障害について

(1) 介護費 一審原告は前記のように日常の生活をするのに常時介護を必要とし、その介護のために家政婦、看護婦等を雇う必要があり、一日八八〇〇円を要し、今後平均余命の二四年間、ホフマン方式で年五分の割合による中間利息控除後の現在額は四九七八万五〇三六円(8,800×365×15,4997=49,785,036)となる。

(2) 車椅子、家屋改造費 一審原告の子の池内殉次(以下「殉次」という。)が将来一審原告をシロアム荘から引き取り扶養する予定であるが、その場合車椅子の買換え費用一台七六五〇〇円、家屋を車椅子で生活できるように改造する費用四〇〇万円を要する。

(3) 逸失利益 一審原告は、本件事故当時五五歳(大正一五年一〇月一〇日生)、就労可能期間一〇年、求職中であるため昭和五四年度賃金センサスの産業計、企業規模計、学歴計、五五歳の場合の額を一・〇六七四倍した月収三二万七一〇〇円、前記障害等級一級の労働能力喪失率一〇〇パーセント、ホフマン方式で年五分の割合による中間利息控除後の現在額は三一一八万五三二一円(327,100×12×7.9449×1=31,185,321)となる。

(4) 後遺障害慰謝料 後遺症による精神的苦痛に対する慰謝料は一六〇〇万円が相当である。又、前記(2)が認められない場合は、予備的に、一審原告がシロアム荘から出て家族と生活する権利を奪われ一生シロアム荘に閉じ込められる結果となり精神的な苦痛を被るので、これに対する慰謝料として、車椅子及び家屋の改造費相当の四〇七万六五〇〇円の慰謝料をもこれに加えた二〇〇七万六五〇〇円を請求する。

(四) 損害の填補 右損害額合計一億三七三九万七八二二円の内

(1) 自賠責保険から昭和六〇年一月二三日二〇〇〇万円、昭和六〇年二月一八日一二〇万の支払を受けた。

(2) 被控訴人日新保険から任意保険金として昭和六〇年一月二二日までに二三三七万〇三二二円、昭和六〇年二月一八日二七八二万九六七八円から一二〇万円を差し引いた二六六二万九六七八円、計五〇〇〇万円)の支払を受けた。

(3) 従つて、損害残額は六六一九万七八二二円である。

(五) 弁護士費用 五〇〇万円

4  よつて、一審原告は一審被告黒田に対し、本件事故による損害賠償元本として、前記損害残額の内五五〇〇万円の支払を求める。

(一審被告らに対する遅延損害金の請求原因)

5(一) 一審被告黒田は昭和五六年二月二八日被控訴人日新保険との間に、被保険者一審被告黒田、保険金額五〇〇〇万円、保険期間同年三月一日から昭和五七年三月一日まで、対人賠償等の自家用自動車保険契約をした(以下「本件保険」という。)。又、一審被告黒田は自賠責保険の取扱につき被控訴人日新保険を通じてしている。

(二) 一審被告黒田は本件事故後間もなく被控訴人日新保険に対し、本件保険及び自賠責による本件事故による損害賠償金の支払請求を行い、一審被告日新保険は普通保険約款(以下単に「約款」という。)一章五条により被保険者一審被告黒田の同意を得て、同人に代わり一審原告に対する損害額に関し示談交渉したが合意に達しなかつたため、一審被告黒田の代行者である被控訴人日新保険が昭和五九年五月九日一審原告を相手方として高松簡易裁判所に調停申立をし(以下「本件調停」という。)、一審被告日新保険の本件訴訟代理人でもある木村弁護士が出席し、一審原告の子殉次、本件訴訟代理人でもある荻原弁護士との間で数回にわたり本件事故による損害額につき本件調停を受けたが合意に達せず、同年一二月一三日に調停が不成立となつた。

(三)(1) 一審原告は本件調停で被控訴人日新保険に対し、その損害額が保険金額を遥かに超える額となる旨主張し、損害賠償額につき保険金額を超えることが明らかになつたので、約款一章損害賠償責任条項六条二項(4)により、その保険金五〇〇〇万円全額を直ちに支払うよう請求した。しかし、被控訴人日新保険は右約款の解釈を誤り約款同条同項(2)を根拠として、当事者間に損害賠償額につき和解が成立するか、判決により損害額が確定しない限り本件保険金の支払義務が発生しないとして、その支払を拒絶して合意に達せず、一審原告はその後も引き続き被控訴人日新保険に対し、保険金額の限度で一部を支払うよう求めたのに、これに応ぜず、その後漸く自賠責保険金のほか本件保険を前記のように支払つたが、被控訴人日新保険は、右のように各一部支払うまでの間各金員につきその履行を遅滞したものでその遅延損害金を支払う義務があり、一審被告黒田は被控訴人日新保険にその代行をさせた本人として、これを被控訴人日新保険と連帯(不真正)して支払う義務がある。よつて、一審原告は一審被告黒田、被控訴人日新保険に対し、連帯して、五〇〇〇万円に対する履行遅滞後の昭和五六年六月一六日から本件保険金の一部二三三七万三二二円を支払い損害を填補した昭和六〇年一月二二日まで、本件保険金残二六六二万九六七八円に対する履行遅滞後の昭和六〇年一月二三日から右残金全部を支払い損害を填補した昭和六〇年二月一八日まで、各民事法定利率五年分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(2) 選択的に次の請求をする。

被控訴人日新保険は一審被告黒田の同意を得て一審原告との損害賠償額の交渉につき代行していたから、約款一章一一条二項(2)の「訴訟の判決による遅延損害金」を支払う旨の定めに従い、前記のとおりその遅延損害金の支払を求める。

(3) 選択的に次の請求をする。

右遅延損害金の請求権が一審被告黒田に属するものであるとしても、一審原告は、本件損害賠償債権に基づき、これを代位行使して前記の遅延損害金の支払を求める。

(四) 一審原告は一審被告黒田に対し、損害元本合計額一億三七三九万七八二二円から前記填補額七一二〇万円を控除した額六六一九万七八二二円(但し、損害元本合計の認容額が右主張額を下回る場合はその認容額による。)に対する履行遅滞後の昭和六〇年二月一九日(前記保険金七一二〇万円を支払つた翌日)から、右残元本より更に老齢年金支払額九三〇万八一七〇円を控除した額五六八八万九六九五二円に対する履行遅滞後の昭和六三年一一月二日(老齢年金の最終支払日の翌日でその日以後支払を打ち切られた。)から、各支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  一審原告の請求原因に対する一審被告黒田、被控訴人日新保険の答弁、抗弁(損害元本の請求原因に対する一審被告黒田の答弁、抗弁)

1  一審被告黒田は損害額を争い、その内訳は別紙損害一覧表の一審被告黒田主張欄記載のとおりであり、内争う事実の内容については次のとおりである。

(一)  入院中の損害について

(1) 入院雑費 一日当たり八〇〇円として八一五日間で六五万二〇〇〇円

(800×815=652,000)、とすべきである。

(2) 休業損害 一審原告は本件事故直前まで東洋テツクス株式会社に勤務し月収約一五万円(一日当り約五〇〇〇円)を得ていたから、四〇七万五〇〇〇円(5,0000×815=4.075.000)となる。

(3) 入院慰謝料は二六〇万円が相当である。

(二)  後遺障害による損害について

(1) 介護費用 一審原告は現在身体障害者施設シロアム荘に入所しており、入所時の昭和五九年六月三日から一日当たり四〇〇〇円、昭和六一年五月から四五〇〇円、昭和六一年一〇月一日から六〇〇〇円、昭和六二年五月一日から五〇〇〇円(但し、個室から三人部屋に変わつたため)昭和六二年八月一日から五二〇〇円の入所費用が必要であり、その額の内生活費その他の諸経費を控除した介護費は一日当たり二〇〇〇円多くても三二〇〇円とすべきであり、平均余命二〇年間介護を要するとしてもホフマン方式で年五分の割合による中間利息を控除した現在額は一九二八万八六三七円となる。

(2) 車椅子購入、家屋改造費用 一審原告はシロアム荘で生活しており、その子の殉次は一審原告を実際引き取る経済的な余裕がなく、従つて、車椅子の購入、家屋改造の必要もないから、その額は零とすべきである。

(3) 逸失利益は、就労可能年数一〇年、ホフマン方式で年五分の割合による中間利息を控除した現在額は一四三〇万〇八二〇円(150,000×12×7.9449=14,300,0820)となる。

(4) 後遺障害慰謝料 一五〇〇万円が相当である。

(三)  以上の損害額の合計は七八五六万六二〇六円となる。

2(一)  自賠責保険、本件保険から合計七一二〇万円が支払われ、その額の限度で損害が填補された。

(二)  本件事故当時既に改正前の厚生年金保険法による年金受給資格を取得しており、本件事故により同法所定の身体障害者として昭和五八年一〇月一日から六〇歳に達した昭和六〇年一〇月一〇日まで旧同法四二条二項による若齢老齢年金の支払を受け、その後昭和六三年一一月一日まで老齢年金の支払を受け、その総額は九三〇万八一七〇円に達し、これにより本件事故による損害の一部が填補されたから、その損益相殺をすべきである。

(三)  右(一)、(二)の損害填補合計額は八〇五〇万八一七〇円となる。

3  従つて、一審被告黒田の負担すべき損害賠償元本合計額は七八五六万六二〇六円であるのに、これを超える保険金、年金の支払により損害が全て填補され過払となつているから、本訴請求は理由がない。

(遅延損害金の請求原因に対する被控訴人日新保険及び一審被告黒田の答弁、抗弁)

4  被控訴人日新保険は一審原告主張の本件保険金の支払を遅滞していないから、その遅延損害金を支払う義務がない。すなわち、

(一)  被控訴人日新保険は本件事故後間もなく保険契約者である一審被告黒田から、自賠責保険の請求手続の申立、及び本件保険の保険金の支払請求があり、約款により被控訴人日新保険が損害額の交渉につき一審被告黒田を代行することとなり、一審原告と交渉し、治療費等の一部についてこれを支払つたが、症状固定せずその総額につき計算が出来ず、その後昭和五九年五月ころに症状固定したため、被控訴人日新保険が同年同月九日一審被告黒田を相手方として高松簡易裁判所に調停を申し立てて調停を受けたが、その手続中には具体的な損害額計算が明示されず、一審原告の代理人荻原弁護士から本件保険金全額をその一部として支払うよう求められたが、その損害額が本件保険金額を超えるかどうか明らかではなかつたため、これを拒否し、調停は不成立となつた。

(二)  しかし、被控訴人日新保険は右調停経過及びその後の事情から一審原告の請求額が本件保険金額を超えることが明らかとなり、同年一二月二七日約款一章六条(4)に従い、本件保険金全額を支払う旨内部的に決定し、昭和六〇年一月三〇日ころ一審原告代理人荻原弁護士に対し、その受領を催告した。右一審原告代理人はこれに対し、本件保険金全額五〇〇〇万円の他これに対するそれまでの遅延損害金の支払を求め、又、振込送金を受ける銀行口座番号を後日連絡する旨回答した。そこで、被控訴人日新保険は一審原告からの右回答を待つていたところ、同年二月六日右送金先の連絡があり、一審原告から約款に従つた本件保険金の直接請求の書面が提出されたので、被控訴人日新保険が約款六章一般条項二一条三項所定の調査期間三〇日以内である同年二月一八日本件保険金残金二六六二万九六七八円(他に、自賠責保険金一二〇万円)を支払つた。従つて、被控訴人日新保険には本件保険金の支払につき何らの履行遅滞もなく、その遅延損害金の支払義務を負わない。

四  一審被告黒田の抗弁に対する一審原告の再答弁

厚生年金は労働能力喪失による逸失利益、一審原告の介護費用等を全く考慮しないでその額を計算しており、又、その性質は通常の年金と同様に生活の保障にすぎず損害賠償の性質を有しないから、その支払を受けた額を損害額の填補として損害額から控除することはできない。

五  証拠関係は、本件記録中の原審及び当審における書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

(一審被告黒田に対する損害元本の請求について)

一  本件事故の発生、損害賠償責任については当事者間に争いがない。

二  損害について

1  各原本の存在と成立に争いのない甲第七号証の九ないし一九、原審証人池内殉次の証言を総合すると、本件事故による一審原告の傷害、入院加療、後遺障害を認めることができ、争いのある損害内訳についての判断は次のとおりであり、その結果認定できる損害の内訳は別紙損害一覧表の認定欄記載のとおりである。

2  入院中の損害について

(一) 入院雑費については当時の経済事情からみて一日当たり八〇〇円、合計六五万二〇〇〇円(800×815=652,000)とするのが相当である。

(二) 休業損害 成立に争いのない甲第一四号証、乙第一号証、原審証人池内殉次の証言を総合すると、一審原告は本件事故当時失業し休職中であつたが健康で充分に就職の可能性があり、直前まで東洋テツクスに勤務していたが、厚生年金保険法の標準報酬月額(同法二〇条。被保険者の報酬月額に基づいて定める。)が一四万三六七九円であることが認められるので、決まつて支給される給与月額は一五万円とみるのが相当である。他に賞与等の特別手当が支給されることが推認でき、昭和五六年度賃金センサス企業規模計産業計男子労働者五〇歳から五九歳までの決まつて支給する現金給与月額二〇万九五〇〇円に対し年間特別給与額が六六万四九〇〇円でその年間割合は約二六パーセントであるので、右月収は少なくても一五万円に年収として同率程度の特別給与額を加算した給与年額二二六万八〇〇〇円(150.000×12×1.26=2,268,000)とみるべきであり、入院期間八一五日を全部休業したものであるから、その損害は五〇六万四一六四円(2.268.000/365×815=5,064,164)となる。

3  後遺障害による損害について

(一) 介護費用 各成立に争いのない甲第九号証の一ないし七、第一一号証の一ないし三、第一六号証の一ないし三、各原本の存在と成立に争いのない甲第七号証の六二ないし七一、原審証人池内殉次の証言を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 一審原告の子である殉次は、将来経済事情が許すようになつた場合一審原告を引き取り扶養したいと希望しているが、現在の経済事情ではその引取扶養をすることができない。しかし、一審原告が自費で介護のため付添婦を雇用した場合一日当たり少なくても七五〇〇円を要する。

(2) 一審原告は現在身体障害者施設のシロアム荘に入所しており、その介護の程度は身の回りのすべてに及んでいるが、一日当たり入所費用として昭和五八年一〇月から四〇〇〇円、昭和六一年五月から四五〇〇円、昭和六一年一〇月から六〇〇〇円、昭和六二年五月から五〇〇〇円(機能回復訓練のため従前の個室から三人部屋に移つたため)、昭和六三年八月一日から五二〇〇円を支払つており、一審原告はいずれは又個室に戻る予定であり、右入所費用も将来増額されることが予測される。もつとも、シロアム荘では、入所者全員の入所費用を一括して、本人の食費その他の生活費はもとよりシロアム荘経営のための必要経費を支出している。

以上のとおり認められる。

右認定事実によると、〈1〉 現在の状況では、子殉次が一審原告を引き取つて扶養することができず、一審原告が生存中シロアム荘で暮らすことも止むを得ないので、引取扶養を前提とした介護費用を考慮すべきではない。〈2〉 しかし、一審原告がシロアム荘に入所するに至つた直接の原因は本件事故による傷害のためであり、殉次にも扶養方法につき一部の責任があるとしてもそれは僅かであり、その主な責任は一審被告黒田にある。〈3〉 現在介護費用は入所費用から支出しており、その状況は将来も変わらないと観て算定すべきであり、その額は右認定のとおりである。〈4〉 約款により介護費用を任意保険より支払う場合の算定基準額が一日当たり三〇〇〇円である。これらの事情その他諸般の事情を考慮すると、一審被告黒田の負担すべき介護費用は、一日当たり五〇〇〇円とするのが相当である。しかし、一審原告が入院中は、既に付添看護費用の中に含まれていたものであるから、その期間は算定上除外し、症状固定時(五七歳)の平均余命二一年間(昭和五八年簡易生命表)、ホフマン方式が年五分の中間利息控除後の現在額は、二五七三万九四三五円(5,000×365×14.1038=25,739,435)となる。

(二) 車椅子、家屋改造費 現在殉次が一審原告を引取扶養することができないこと前記のとおりであるから、それを前提とする車椅子一台の購入費用、家屋改造費用は現実性に乏しく、理由がない。

(三) 逸失利益 一審原告は本件事故当時五五歳、就労可能期間一〇年、前記のように年収二二六万八〇〇〇円、労働能力喪失率一〇〇パーセント、ホフマン式で年五分の中間利息控除後の現在額は、一八〇一万九〇三三円(2,268,000×7.9449×1=18,019,033)となる。

(四) 後遺障害慰謝料

(1) 前記諸事情を総合考慮すると、後遺障害による精神的苦痛に対する慰謝料は、一五〇〇万円とするのが相当である。

(2) 一審原告が生存中シロアム荘で生活することが特に精神的な苦痛を与えているとの一審原告主張事実はこれを認めることのできる的確な証拠はないから、この点の一審原告の予備的請求は理由がない。

(五) 以上弁護士費用を除く損害合計額は九一一二万四三八一円となる。

4  損害の填補について

当審における調査嘱託の結果によると、一審原告は本件事故当時厚生年金の受給資格があり、本件事故による後遺障害のため昭和五八年一〇月から旧厚生年金保険法四二条二項、三項による若齢老齢年金の支払が開始され、満六〇歳に達した昭和六〇年一〇月一〇日から同法の老齢年金の支払を受けるに至り、昭和六三年一一月一日までに合計九三〇万八一七〇円の支払を受けたこと、その若齢老齢年金の算定根拠には介護費用が含まれていないことが認められる。旧厚生年金保険法四〇条によると、国がその保険給付をしたときは、その給付の価額の限度で、被害者が加害者に対して有する損害賠償請求権を取得する趣旨から観て、老齢年金の支給を受けた場合はその限度で損害が填補されるものと解される(最高裁判所昭和五二年五月二七日判決参照)。従つて、一審原告は右事実のように既に右年金の支払を受けているので、右給付を受けた金額の限度で前記損害が填補された。(なお、自賠責保険金、本件保険金から合計七一二〇万円の支払を受けたことは争いがない。)

5  一審被告黒田の負担すべき本件事故と因果関係のある弁護士費用は、一〇〇万円とするのが相当である。

6  右の結果損害額の残額合計は一一六一万六二一一円となる。

三  以上のとおりであるから、一審被告黒田は一審原告に対し、本件事故による損害賠償として、損害元金一一六一万六二一一円の支払義務を負い、一審原告の本訴請求中損害元本については右の限度で理由があり、その余は理由がない。

(被控訴人日新保険、一審被告黒田に対する遅延損害金請求について)

四1  各成立に争いのない甲第九号証の一ないし四、丙第一ないし第三、第四ないし第七号証の各一、二の各イ、ロ、原審証人西島梅治、同池内殉次の各証言、弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 本件事故当時の約款(丙第七号証の一、二の各イ、ロ)一章(以下同じ)五条一項では、「被保険者が対人事故にかかわる損害賠償の請求を受けた場合、または当会社が損害賠償請求権者から六条(損害賠償請求権者の直接請求権―対人賠償)の規定に基づく損害賠償額の支払の請求を受けた場合には、当会社は当会社が被保険者に対して填補責任を負う限度において、当会社の費用により、被保険者の同意を得て、被保険者のために、折衝、示談または調停もしくは訴訟の手続(弁護士の選任を含みます。)を行います。」旨、同三項では、「当会社は次の各号のいずれかに該当するときは、一項の規定は適用しません。(1) 被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額が、保険証券記載の保険金額および自賠責保険等によつて支払われる金額の合計額を明らかにこえるとき(以下省略)」旨定めている。これに対応し六条では、被害者からの直接請求権を定め、その二項で「当会社は次の各号のいずれかに該当するときに、損害賠償請求権者に対して三項に定める損害賠償額を支払います。(中略)(4) 三項に定める損害賠償額が保険証券記載の保険金額(中略)をこえることが明らかになつたとき」旨定めている。

(二) 同一一条二項(3)の「五条一項の規定に基づく訴訟または被保険者が当会社の書面による同意を得て行つた訴訟の判決による遅延損害金」を支払う旨の約款はその文言どおり判決による場合に限るものである。

(三) 被控訴人日新保険は本件事故後間もなく保険契約者である一審被告黒田から、被控訴人日新保険が一審被告黒田のため取り扱つていた自賠責保険の請求手続及び本件保険金の支払請求を受け、約款により被控訴人日新保険が損害額の交渉に関し一審被告黒田の同意を得て、被控訴人日新保険の代理人木村一三弁護士が一審被告黒田を代行することとなり、一審原告と交渉したが、一審原告の症状が固定していなかつたため、損害額の交渉が進まなかつた。被控訴人日新保険は一審被告黒田の代行者として、一審原告の症状が漸く症状固定の見通が付いた昭和五九年五月九日高松簡易裁判所に一審原告を相手方として、本件事故による損害額の確認を求める調停申立をしその調停を受けた。その調停において、一審原告代理人荻原統一弁護士は、後遺障害の症状固定に関する診断書(甲第七号証の一九)、厚生年金保険年金証書写(乙第一号証)を提出し、本件訴訟と同様の算定根拠による概算額として、総額一億円を超える損害額の支払を求めた。これに対し、被控訴人日新保険は、その損害総額を自賠責保険金額及び本件保険金額の合計を超えることが明らかではないので、損害額をその保険金合計額以下(従つて、本件保険金額については五〇〇〇万円以下)で合意すれば支払う旨主張したため、合意に達せず、同年一二月一三日調停不成立となつた。

(四)(1) しかし、被控訴人日新保険が同年一二月下旬頃右調停の結果等に基づき調査検討の結果、一審原告の損害賠償額が自賠責及び本件保険の合計額を超える(従つて、損害賠償額が本件保険金額を超える。)ことが明らかとなり、そのころ一審被告黒田の承諾を得た後、約款一章六条(4)に従い、被控訴人が一審原告に対し、本件保険金の全額を支払うことを内部的に決定し、昭和六〇年一月三〇日ころ到達の内容証明郵便で一審原告代理人荻原弁護士に対し、その受領を催告した。一審原告代理人荻原弁護士は口頭で右被控訴人代理人木村弁護士に対し、その受領をする旨述べたが、その一審原告に対する送金方法については後日連絡する旨述べた。

(2) 一審原告がそのころ被控訴人日新保険に対し、約款により被害者として自賠責保険金及び本件保険金を直接請求する旨の手続をしたので、被控訴人日新保険は、同年一月二二日までに一審原告に対し、自賠責保険金内金二〇〇〇万円、本件保険金内金二三三七万〇三二二円を支払つた(これらは何れも一審原告の入院費用等損害で一審原告以外の者に直接支払つた。)。

(3) しかし、右一審原告代理人は同年二月六日到達の内容証明郵便で被控訴人日新保険代理人木村弁護士に対し、前記(1)の内容証明に対する回答として、振込入金先を一審原告の百十四銀行高松支店の普通預金口座〇一二六三二六番に振込入金するよう指示するとともに、その遅延損害金も合わせて支払うよう催告した。

(4) 被控訴人日新保険は一審原告に対し、本件保険金に対する遅延損害金の請求を支払うべきかどうかの調査検討をしていたが、同年二月一八日その遅延損害金を支払わず、本件保険金残額二六六二万九六七八円、自賠責保険金残額一二〇万円、合計二七八二万九六七八円を前記一審原告の銀行預金口座に振り込んで支払つた。

(5) 約款六章一般条項二一条三項では「当会社は、賠償責任条項六条(損害賠償請求権者の直接請求権)二項各号の何れかに該当するときには、損害賠償請求権者が一項の手続をした日から三〇日以内に損害賠償額を支払います。」旨定めている。

以上のとおり認められる。

交通事故の被害者が保険者に対し、加害者の契約した保険につき約款により直接請求した場合約款六章二一条三項の保険者の被害者に対する保険金支払の履行期は、請求の日ではなく、保険者が被害者に対する送金方法としての銀行振込口座を確定的に知るなどによりそれが直ちに履行出来る状態になつた時に到来すると解するのが相当である。 本件において、一審原告が被控訴人日新保険に対しその送金方法として一審原告の銀行預金口座番号を知らせたのは、昭和六〇年二月六日であるから、右約款の履行期はその日に到来するものであり、従つて、その日から約款に定める三〇日以内である同年二月一八日に、被控訴人日新保険が一審原告に対し、本件保険金残額全部の支払をしたものであるから、被控訴人日新保険には何らの履行遅滞の責任もない。この点の一審原告の被控訴人日新保険に対する遅延損害金請求は理由がない。

2(一)  一審原告は被控訴人日新保険に対し、約款一章一一条二項(2)により、本件保険金五〇〇〇万円に対する不法行為以後右支払済に至るまでの遅延損害金の支払を求めるというが、右約款の規定は「訴訟の判決による遅延損害金」と明記しており、訴訟外で支払つた場合は除外されているから、理由がない。

(二)  一審原告は、一審被告黒田が被控訴人日新保険に対し右(一)の約款により有する損害賠償請求権を代位行使する旨主張するが、一審被告黒田は右(一)と同様の理由で被控訴人日新保険に対しその遅延損害金請求権を有しないので、一審原告がこれを代位するに由なく、理由がない。

3  一審被告黒田に対する本件保険金の遅延損害金請求について

(一) 一審原告は本訴において一審被告黒田本人に対し自己の資力のみで損害賠償を支払うことを求めるのではなく、一審被告黒田が被控訴人日新保険と任意保険契約をした本件保険金によつても(自賠責保険の他)その填補を受けたものである。その法律関係は、一審被告黒田が被控訴人日新保険に対しその掛金を支払つて一審被告黒田運転の自動車の交通事故で被害者となるべき者のためにその損害賠償保険の契約をし、いわゆる第三者のためにする契約をしたところ、その被害者となつた一審原告が約款により被控訴人日新保険に対し直接請求によりその受益の意思表示をしたものであるから、その任意保険金の支払請求権の発生、消滅等の権利変動は、一審被告黒田と被控訴人日新保険との契約及び約款の規定に従うこととなる。従つて、この場合、保険者が被害者に対しその任意保険金を遅滞なく支払うと、それが損害の一部であつても、支払われた限度ではその損害を加害者(保険契約者)が遅滞なく支払つたのと同一の効果を生じて損害が填補されるものであり、それ以外に支払われた任意保険金相当額につき不法行為以後支払われた日までの遅延損害金は発生しないものと解するのが相当である。本件保険金五〇〇〇万円が約款上遅滞なく支払われたこと前記のとおりであるから、一審被告黒田はその金員に対し、何らの履行遅滞による損害賠償義務を負うものではなく、その部分の一審原告の請求は理由がない。

(二) 一審原告の一審被告黒田に対するその余の遅延損害金請求について観るのに、損害賠償義務の履行期は不法行為の日から到来するが、その後損害の一部が自賠責保険金、本件保険金、老齢年金により多岐にわたる計算の結果、それぞれ填補されたものの、一審原告が本件損害総額は勿論、填補に関しても老齢年金につきその支払が損害の填補にならないとして争つていたため、支払が延引したものであり、しかも、一審原告の主張によつても、損害残額の計算方法、各遅延損害金の起算日の特定が不可能であり、その主な責任は一審原告にありそれを過失として相殺すべきものであり、これらの事情を考慮すると、一審被告黒田の負担すべき遅延損害金は、最終の認容額一一六一万六二一一円に対する本件訴状送達の翌日である昭和六〇年四月二五日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分に限定するのが相当である。

五  以上のとおりであるから、一審原告の本訴各請求は前記各説示の限度で理由があるので認容し、その余は理由がないので棄却すべきところ、これと異なる原判決は相当ではないので、一審被告黒田の控訴に基づき、右説示のとおりこれを変更、一部認容、一部棄却することとし、一審原告の控訴は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九六条、九二条、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条の規定に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 高木積夫 上野利隆 高橋文仲)

損害一覧表

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例